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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)2461号 判決

原告

佐藤裕俊

代理人

笠井盛男

被告

豊国交通株式会社

代理人

福田末一

主文

被告は原告に対し金四二万九八四二円およびこれに対する昭和四五年三月二八日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の、その余を被告の、各負担とする。

この判決第一項は、かりに執行することができる。

事実《省略》

理由

一(事故の態様と責任の帰属)

原告主張請求の原因第一項(一)ないし(五)の事実は当事者間に争いない。そうすると、加害車を所有し、これをその営むタクシー業務の用に使用し、自己のために運行の用に供し、運行供用者の地位にあることを争わず、免責要件事実をなんら主張立証しない被告は、本件事故が原因となり、相当の範囲で原告が損害を蒙つている場合、これを賠償する責任を負わなくてはならない。

二(損害)

(一)  (事故と傷害の関係)

原告らが本件事故により、いかなる傷害を受け、その回復のため、いかなる治療を必要とする事態となつたかにつき検討する。

〈証拠〉をあわせると、次のような事実が認められる。

原告は、本件事故のため、頸部・腰部に打撃を受け、頸推捻挫、胸椎疼痛、腰部捻挫の傷害を蒙り、その治療のため、事故当日虎の門病院で手当を受けたほか、昭和四三年一〇月一二日より昭和四四年一一月二七日頃迄の間に、甲州中央温泉病院への八二日間に及ぶ入院のほか、古畑病院へ一〇〇回、国立大蔵病院に一二回、三宿病院に二回それぞれ通院したほか、右医師による治療の際にもあわせ受けていたマッサージを昭和四四年六月以降六九回に亘つて受け、右各治療が効果を挙げ、昭和四四年六月末日頃は、就労がほぼ差支えなくなしうる程度に回復し、同年一一月二八日ムよりは、通常人と労働能力について劣るところない状態に達した。

〈証拠判断略〉

右認定事実によると、原告は、本件事故の傷害による労働能力喪失を、前記入通院やマッサージにより昭和四四年一一月二七日頃迄に回復させたのであるが、その回復の程度は順調で同年七月一日には、八〇%能力を回復していたものと判断できる。

(二)  (治療費等)

1  治療費金 一二万七五三〇円

〈証拠〉によると、原告は本件事故による受傷の治療のため、甲州中央温泉病院に一万六七〇〇円、虎の門病院に四〇〇〇円、古畑病院に七万四九五〇円、大蔵病院に四〇〇円、三宿病院に五二八〇円を自ら負担するに至つているほか、マッサージのため合計二万六二〇〇円を支出するに至つていることが認められ、右認定に反する証拠はなく、これと、前項認定事実をあわせると、合計額にして金一二万七、五三〇円の右金額は、相当の範囲にある治療費といえる。

2  妻子来院交通費

認められない。

原告は、甲州中央病院入院中妻子の来院があり、このため金二万五〇〇〇円の出費を必要とした旨主張し、原告本人尋問中一部これに添うところがあるけれども、〈証拠〉によると、右入院は事故後約五カ月目の昭和四四年三月三日より同年五月二三日までの間になされていることが認められ、右のような時期に妻子の来院が社会通念上必要なものであるような事情が、全証拠によるも窺えない本件で、これを本件事故による相当の損害とすることは許されないので、原告のこの請求は認容することはできない。

3  入院雑費  金八、二〇〇円

〈証拠〉によると、原告は入院期間中、日用品等の購入や連絡通信費として金一万二、三〇〇円を下らない金員を支出していることが認められ、右認定に反する証拠はないけれども、他方前掲証拠によると、原告は入院中病院に対して諸雑費として、これと別個に金一万六、四〇〇円を負担支払つていることが認められ、これと、前認定の原告の傷害の部位、程度、入院期間に鑑みると、右のうち入院期間中一日当り金一〇〇円の割合による金員が本件事故と相当因果関係ある損害とみるべきである。

4  通院交通費 金五、〇八〇円

〈証拠〉によると、原告は、受傷治療のため、世田谷区池尻二丁目の自宅より、同丁目の古畑病院へ通院したほか港区赤坂葵町の虎の門病院、世田谷区大蔵町の大蔵病院、目黒区上目黒五丁目の三宿病院へ各通院し、さらに葛飾区堀切の殿岡接骨院に一〇回、千葉県松戸市小金の松本接骨院に五九回通つて施療を受けたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はないところ、右のように自宅近辺、少なくとも同区内に綜合病院がある環境に居住する原告が、事故当日の救急手当はともかく、その後遠隔の地にある接骨院に通院し、多額の交通費を支出するに至つたのまで、全証拠によるも、その点の必要性が肯認できない本件において、全交通費を被告らに賠償させるべきものとするのは、相当でなく、通例考えられる公共交通機関による同区内に赴く運賃をこえる部分は不相当として、排斥されなければならず、結局同丁目への通院を除く全回数と、すでに(一)で認められたところをあわせ導出される八四回の通院に一回当り六〇円を乗じた金員と虎の門病院よりの帰途増加分四〇円を合した金五、〇八〇円が、本件事故のため蒙つた通院交通費相当の損害金である。

(三)  (休業損害)

金五五万七、七六二円

〈証拠〉によると、原告は本件事故当時訴外一越観光株式会社にタクシー運転手として勤務し、所得税控除後の金額で一カ月当り平均金五万八、〇三四円、一日当り金一、八九二円(円未満五〇銭以上切上げ方式による)の収入をえていたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。原告はこのほかさらに乗客よりいわゆるチップを取得し、右認定額以上の収入をえていた旨主張し、原告本人尋問の結果中これに添う部分があるが、同尋問結果によると右は、主として深夜授受されるところ多いもので、タクシー運転手としての労働に対する法的に保護される正当な報酬とはいえないものと判断されるので、これをもつて、右認定収入額を増加させることはできない。

そして、既に(一)で認定したところに従えば、本件事故と相当因果関係ある休業は昭和四三年一〇月九日より昭和四四年六月三〇日迄は一〇〇%の、同年七月一日より同年一一月二七日迄は二〇%の割合による休業とみることができこれをこえる部分は本件事故と相当因果関係をもたないものといえるので、前記収入額を右期間により算出すると、金五五万七、七六二円である。

なお、右認定に当り、休業期間の始期を当事者の主張するよりも一日早く認定しており、給与額においても当事者の述べるより高額の認定をなしているのであるが、元来この点に関し当事者の主張すべき主要事実は、事故時の被害者の全純収益であり、傷害の程度であるから、右の齟齬は間接事実面のそれにすぎないことになり、従つて前記認定をなんら違法ならしめるものではない。

(四)  (慰藉料) 金七二万円

前記認定事実、とくに本件事故による傷害部位と程度、治療の経緯、その他本件諸般の事情を綜合勘案すると、本件事故により原告が蒙つた精神的損害を慰藉するには金七二万円をもつてするのが相当である。

三(過失相殺)

本件事故現場が交差点であつて、加害車進行の南北道路と被害車進行の東西道路とが、ほぼ直角に交わり形成されたものであること、加害車進路には交差点手前に一時停止の標識があり、かつ、路上には黄線が引かれ「止まれ」の標示もなされているほか、加害車進行方向右角には防犯鏡が設置されていること、他方被害車進行路は優先道路であるが交差点手前の路上に「徐行」の標識がなされていることと、本件事故は右交差点内における加害車と被害車の出合頭の衝突であつたことは、いずれも当事者間に争いなく、そして〈証拠〉によると、加害車進路は6.3米、被害者進路は5.7米の広狭にさして差のない、いずれも歩車道の区別のない道路で、本件交差点は交通整理のなされていない、見とおしの悪いものであるところ、訴外宍戸は加害車を時速四〇粁で進行させ、本件交差点を南進しようとしたのであるが、交差点手前で一時停止の標識を認めつつ、これに従わず、わずかに速度を時速三〇粁におとしただけで、交差する東西道路に対する安全確認を怠つたまま、漫然進行したため、折柄本件交差点を東進しようとした被害車の発見が遅れ、相互間の距離七米の地点でようやくこれに気付いたものの、自車を停止させて衝突を避けることは不可能と考え、むしろ被害車の停車または最徐行があるならば、自車の速度を上げ、その前を通過することができ、これにより衝突を回避しうる方途によるべきものと独断し、被害車の停車等に期待して、自らはかえつて加速措置をとつたため、被害車の制動も及ばず自車の右側面部と加害車の前部を衝突するに至らしめていること、そして他方原告は被害車を運転し、交差点を東進しようとした際、その速度を若干おとして交差点に進入はしたものの、直ちに停車が可能な速度に迄はおとさず、しかも交差する道路に対する安全確認を充分なさず、交差点に進入して後、加害車を認めても、その速度と相互距離に対する判断を誤り、加害車の進入以前に自車は交差点を通過しうるものと軽信し、そのまま進行を続けたため、加害車が目前に迫つて、衝突の危険を感じ、急制動を施すも及ばず衝突に至つていることが認められ、〈証拠判断略〉。

右認定事実によると、加害車運転手訴外宍戸に一時停止義務と安全確認および運転義務違反の過失があつて本件事故を惹起していることは明らかであるが、被害者である原告にも、本件事故発生について自動車運転手として遵守すべき徐行義務、安全確認義務に反する点があつたことと、右所為が本件事故発生に寄与していることを否定することはできない。

そして本件事故における被害者の右過失を斟酌すると、被告は原告に対し相当の損害額のうち七〇%に当る金員を賠償すべきものと判断される。

四(損害の填補)

本件事故に関し、既に自賠責保険金五〇万円、労災保険金一四万七、三六八円および二二万七四九五円の給付がなされていることは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、原告は二(二)1認定のほか、なお甲州中央温泉病院で金二二万七、四九四円相当の費用を要する治療を本件事故にもとづく傷害治療のため受けていることが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、加害者側が賠償すべき損害金を填補することを建前とする自賠責保険金と異なり、労災保険金は、災害を受けた労働者に原則として、できうる限り完全な補償を政府により与え、保護しようとする制度下で給付されるものであつて、加害者が賠償を受ける限度で補償を与えようとするものでないことは、例えば労働者災害補償保険法一九条の規定からも、また法二〇条の求償権の行使は、過失相殺の結果、加害者に被害者が賠償を求めうる限度をこえる場合はこれをなさないとする解釈上からも、なんら支障なく肯定されるところであり、被害者としては、たとえ過失相殺により、給付さるべき保険給付額を下る賠償額しか加害者に請求しえない場合でも、これがために保険給付額が低減される由縁なく、そうすると、労災保険金の給付をなした政府は、その給付額の限度より過失相殺斟酌割合に応じて算出される賠償応分額を、同じく右給付額を控除した金額より右過失割合に応じて算出される賠償額を請求する被害者とならんで、各一個の請求権を加害者に対し行使しうることになるのであり、かく解するときは、本件のごとく被害者の請求においては、労災保険給付相当分の損害は、当事者の主張と齟齬なき限り、加害者の賠償すべき額ではなく、被害者の蒙つた損害額をもとに、消滅させる債権を考慮すべきことになるところ、前記認定によれば、労災保険金は本訴請求外の治療費二二万七四九四円をまず弁済消滅させ、その残余一四万七、三六九円が、本訴請求中の相当損害金一四一万八、五七二円をその限度で消滅させることになり、この後の金一二七万一、二〇三円の七〇%に当る金八八万九、八四二円より自賠責保険金五〇万円を控除した金三八万九、八四二円が原告においてなお支払を被告に求めうる金額となるわけである。

五(弁護土費用)

〈証拠〉によると、被告は原告よりの請求にかゝわらず、本件事故による損害賠償を任意履行しようとせず、やむなく原告は弁護士である原告訴訟代理人にその取立を委任し、その際手数料・謝礼として金三〇万円を右代理人に対し支払う旨約定し、そのうち金五万円を支払つたことが認められるが、右事実のほか、本訴認容額、訴訟経緯その他の諸事情を綜合勘案すると、原告が被告に対し負担を求めうる弁護士費用分は金四万円の限度で相当であると認められる。

六(結論)

以上のとおりで、原告は被告に対し金四二万九、八四二円およびこれに対する一件記録上本訴訴状送達の翌日であること明らかな昭和四五年三月二八日より支払済みまで年五分の割合による民法所定遅延損害金の支払を求めうるので、原告の本訴請求を右限度で認容し、その余を理由なく失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。 (谷川克)

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